コラム

HTSヒット その後の展開

第3回 HTSヒット その後の展開

第一三共RDノバーレ株式会社

取締役 長谷川 雅司

私は、3年ほど前に現場を離れましたが、元々は探索合成研究に30年余り従事したMedicinal Chemist(化学研究者) でした。ハイスループットスクリーニング(HTS)が実用化された1995年頃から、ヒット化合物とも長い間付き合ってきましたが、近年、HTSアッセイ系のミニチュア化と、技術及びデータの質の向上には驚かされています。(DISCユニットのHTS技術

HTSは医薬品探索の有力な手段

HTSは医薬品探索の有力な手段の一つです。少し前になりますが、医薬品化学の世界的な有力誌であるJournal of Medicinal Chemistry 誌に2016年から2017年の2年間に掲載された論文から、リード化合物と臨床候補化合物のペアについて書かれている66の論文を抽出し調査した論文がありました1)

図 研究のスタートとなった化合物の由来(出典:Dean G. Brown and Jonas Boström,
J. Med. Chem. 2018, 61, 21, 9442–9468)

構造最適化研究のスタートとなった化合物の由来で最も多かったのが既存化合物 (43%) でしたが、次は HTS (29%、図ではRandom Screenと表されています)でした。調査対象が、本誌に掲載された医薬化学研究の対象になった化合物のみなので、実際の医薬品開発の実態を正確に反映する数字ではありませんが、HTSが新たな医薬品の創出に果たす役割は大きいことを明らかに示していると思います。

「リード化合物」をチームで磨き上げる

DISCユニットのホームページにも掲載したコラムにあるように、HTSヒットは宝石の原石に例えられます(第1回コラム)。

化学研究者の仕事は、原石の価値を確認し、磨き上げ、指輪やネックレスに仕上げることにあります。もちろんこのプロセスは化学研究者だけが担う訳ではなく、多くの生化学、薬理、薬物動態、安全性、製剤など、多くの分野の研究者との連携で行われます。

低分子薬(合成医薬品)の探索研究では、まずスタートとなる化合物(生理活性物質)を定め、この構造を変換した化合物をいくつか合成し、活性(物性、体内動態、安全性等も含む)を評価します。その中に活性向上を示した化合物があれば、この構造変換の方向性に沿ってデザインした化合物を更に合成して活性を評価し、次の構造変換の方向性を探ります。

このように構造変換と評価を繰り返して構造を最適化し、臨床試験に供する資質を有する化合物を見出すことが探索研究の基本的な流れです。様々な技術が発達した現在でも、化学系研究者と評価系研究者のキャッチボールの構図は変わっていません。構造最適化研究のスタートとなる化合物を「リード化合物」と言い、これを見つけるプロセスを「Lead Generation」、構造最適化のプロセスを「Lead Optimization」と呼びます。リード化合物の選択を誤ると、いくら化合物を作ってもゴールには行き着きませんので、選択には慎重な判断が求められます。

HTSヒットから「リード化合物」を選ぶ「Hit to Lead

Lead Generationのプロセスの中でHTSヒットからリード化合物を選ぶことを「Hit to Lead」といいます。日本薬学会の医薬化学部会が出している用語集2) の解説には、「リード化合物の候補となる化合物それぞれについてLead Optimizationを実施した場合、活性、ADME3) 、毒性の面から比較して、GLP安全性試験に進めることができそうな化合物が得られるかの見込みを明らかにし、最終的にリード化合物を選定する」とあります。

「見込み」なんて、非常に曖昧な定義に見えますが、他の資料を見ても明快に定義することは難しいようです。標的分子との相互作用だけでなく、受容体との選択性、物理化学的な性質、類縁化合物の活性など多くのデータも考慮に入れて選抜を行います。この時点で「見込みなし」として、次のステップに進めないこともありました。

リード化合物が選定されると、上述のLead Optimizationのプロセスが始まります。化学研究者は分子デザインや合成、評価研究者は活性評価や疾患モデルの検討などを行い、投与した際に目的とする作用が期待でき、かつ十分な安全性が確保された化合物(製剤含む)の獲得を目指します。最近は効率化が進んだとは言え、次の研究ステップ(開発研究)に進むためには、多数の研究者が年単位で仮説検証を繰り返す必要があります。目的の活性に達しない、体内動態が改善できない、毒性が回避できない等々、研究が行き詰まる例も多々あるのが現実です。

最先端の技術の活用と創意工夫が画期的新薬へ

企業に於いてHTSヒットに関わってきた経験の中で、薬理研究者が興味を示す新たなフェノタイプを示す化合物や、標的タンパクとユニークな相互作用を示す新規化合物が得られても、様々な理由でリード化合物として採択できず、研究中止を判断せざるを得ないこともありました。当時として適切な判断だったと思っていますが、もし現在のサイエンスであれば、これらHTSヒットを起点とした新たな研究に繋がったかもしれないとも思い返します。DISC事業はアカデミアと企業の叡智を融合させる事業ですので、元研究者の一人として、従来の考え方に囚われないHTSヒットの展開可能性も期待しています。

今回のコラムでは、私自身の研究者としての、HTSから医薬品に至る研究の道筋と化学研究者の関わりを紹介させていただきました。実際には、研究の進め方は研究機関、企業でそれぞれの流儀があります。あくまで一般論ですので、限られた経験に基づいた個人的見解になりますが、読者の皆さまの一助になれば幸いです。

1) Dean G. Brown and Jonas Boström, J. Med. Chem. 2018, 61, 21, 9442–9468
2)「メディシナルケミストリー用語解説 310」 日本薬学会 編、じほう、2014年
3) Absorption(吸収)Distribution(分布)Metabolism(代謝)Excretion(排泄)

著者の略歴

長谷川 雅司

1986年  第一製薬株式会社(現 第一三共株式会社)入社 以後、医薬品探索合成研究に従事
2013年  創薬化学研究所長
2015年  アスビオファーマ(株)創薬化学ファンクション長
2019年  第一三共RDノバーレ株式会社 取締役(合成化学・創剤分析・生物評価研究管掌)

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