HTSヒット化合物をイメージする
第1回「HTSヒット化合物をイメージする」
第一三共RDノバーレ株式会社 生物評価研究部 HTSグループ 主任研究員 池野雄高
ハイスループットスクリーニング(以下、HTS)とは多数の化合物(DISCユニットではDISCライブラリーを指します)を対象に、創薬の標的分子に対して目的の活性を持つ化合物(HTSヒット化合物)を短期間で効率的に選抜する方法で、創薬の長い道のりの最初の段階で重要な役割を果たしています。これまで16年ほどHTS関連の仕事に携わり、100テーマくらいのHTSを経験してきました。もちろん、うまくいく時もうまくいかない時もありました。そこで、過去を振り返って私がHTSについて感じるところを書いてみたいと思います。
みなさんは、誰かの探し物を手伝ったことはあるでしょうか。私は近ごろ家の中でよくやります。小学生の娘が消しゴムやら、髪留めやら、小物をよく無くすからです。そんな時は、大抵誰でも、まずはどんな大きさで、どんな色で、どのあたりで使っていたのか、など探し物のヒアリングをするのではないでしょうか。探し物が何なのか、具体的にイメージできると探し方も変わってきますし、効率が違いませんか。マチ針を無くしたのに、やたらと手探りで探したり、コンタクトレンズを落としたのに、片端から掃除機をかけたりはしないと思います。
HTSにおいても実は同じで、スクリーニング前にヒット化合物のイメージが明確になっていることが大事です。例えば、酵素阻害剤であれば、単に「阻害剤」というよりは、「不活性型の酵素に結合して、基質と競合する阻害剤」というように、より具体的な方がアッセイ系のイメージも湧き易く、適切なスクリーニングができるというわけです。ただ、家の中の探し物とは違って、HTSではまだ誰も見たことがないものを「ほどよく」イメージして探さなければいけない、という所がとても難しいところです。
HTSはしばしば「宝探し」に例えられます。磨けば光る宝石の原石(HTSヒット)を探すというわけです。その例えは、実際に掘ってみなければ分からないという意味では的を射ていると思います。ただ、実際にきらきら光り輝くダイヤモンドのような磨き上げられた宝石(例えば、IC50*値が数nMで、かつin vivoで薬効を示す化合物)がそのまま埋まっていることは稀で、実際見つかるのはHTSを100回やって2~3回といったところではないでしょうか。それではHTSが成功する確率が低すぎて、有効な手法とは言えません。HTSヒット化合物のイメージが最終的な「薬」に近すぎると、HTSヒット化合物として獲得できなくなります。原石を見出すためにかける「ふるい」の目が細かすぎて、磨く前の原石が落ちてこないのです。
逆にイメージが曖昧すぎると、今度は「ふるい」目が大きすぎて、原石以外のただの石ころもいっぱい落ちてきます。例えば、ある作用を見出す確率を0.5%だとすると20万化合物をスクリーニングした場合、1,000化合物がその作用をします。しかし、そのうち標的分子に特異的に結合する真のHTSヒットは1割未満であり、残りは非特異的な作用であるということを多く経験しています。このような場合には、1,000化合物を評価して10~100化合物に選抜できる目の細かい「ふるい」の役割を果たすアッセイ系を組み合わせて、真のHTSヒット化合物を選抜することが出来るようにします。
DISCユニットでは、この取得したい化合物のイメージのヒアリングとスクリーニングの方向性の議論を「HTSコンサルティング」と称して大事にしています。そして、よりよいスクリーニングができるように、これまで培った経験をベースに知恵を絞り出していきたいと思っています。
*half maximal Inhibitory Concentration